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東京地方裁判所 昭和42年(特わ)87号 判決 1969年6月28日

本籍

東京都港区南麻布五丁目二番地

住居

同都同区南麻布五丁目三番二九号

会社役員

斉藤博

大正一一年七月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官山同譲次、弁護人朝比奈新、中尾昭出席の上審理して、次のとおり判決する

主文

被告人懲役六月及び罰金八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人鈴木民治(二回分)に支給した分の三分の一及び証人高沢健司に支給した分の三分一並びにその余の各証人に支給した分全部は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事項)

被告人は、東京都港区南麻布五丁目三番の二九号に居住し、手形割引による金融業を営んでいたほか、株式配当収入等を得ていたものであるが、自己の所得税を免れる目的をもつて、架空名義を用いた預金口座で割引手形を取立てる等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一、昭和三八年分の実際総所得金額九一、〇三〇、二七六円でこれに対する(各種所得控除、税額控除後の)所得税額が五五、五五七、〇五〇円であつたのにかかわらず、昭和三九年三月一六日、同都港区麻布材木町七一番地所在の所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、右年分の総所得金額が三、〇三八、八二〇円でこれに対する(各種所得控除、税額控除後の)所得税額が三一四、五〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、よつて右年分の正規の所得税額と申告税額との差額五五、二四二、五五〇円を法定の納付期限までに納付しないでこれを免れ、

第二、昭和三九年分の実際総所得金額が三〇、〇八九、四七二円でこれに対する(各種所得控除、税額控除後の)所得税額が一〇、六〇三、五八〇円であつたのにかかわらず、昭和四〇年三月一五日、前記税務署において、同税務署長に対し、右年分の総所得金額が二、二一七、七二九円でこれに対する(各種所得控除、税額控除後の)所得税額が一六、〇五〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、よつて右年分の正規の所得税額との差額一〇、五八七、五三〇円を法定の納付期限までに納付しないでこれを免れ、

第三、昭和四〇年分の実際総所得金額が三七、六二七、〇五九円でこれに対する(各種所得控除、税額控除後の)所得税額が一八、一四一、二六〇円であつたのにかかわらず、昭和四一年三月一二日、前記税務署において、同税務署長に対し、右年分の総所得金額が一、九九〇、六三〇円でこれに対する(各種所得控除、税額控除後の)所得税額が一、二六〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、よつて右年分の正規の所得税額と申告税額との差額一八、一四〇、〇〇〇円を法定の納付期限までに納付しないでこれを免れ、

たものである。(判示各年分の所得の確定内容は、別紙第一、第二、第三の修正損益計算書記載の、逋脱所得の内容は、同第四、第五、第六の逋脱所得の内容説明書記載の、税額の計算は同第七の税額計算書記載のとおりである。)

(証拠の標目)

末尾のカツコ内の和数字は別紙第一、第二、第三を、アラビア数字はその勘定科目の番号を示す。

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書四通、上申書一通及び検察官に対する供述調書六通のほか以下の各証拠

1. 証人高沢健司の当公判廷における供述(第三5)

2. 証人鈴木民治の当公判廷における供述(第三5)

3. 上条貢の回答書(第三5)

4. 第百生命保険相互会社取締役社長川崎大次郎提出の証明書(第一、第二、第三の各11・13)

5. 三洋商事株式会社代表取締役駒沢弘明提出の取引内容回答書(第一、第二、第三の各10)

6. 夏目商事株式会社代表取締役夏目喜八郎提出の取引内容回答書二通(第一、第二、第三の各10)

7. 大蔵事務官藤原慶夫作成の勘定科目内訳調査書(第一の2、13、19、26第二、第三の各2、13)

8. 同事務官作成の手形売買に関する調査書(第一、第二、第三の各10、12)

9. 同事務官作成の銀行調査書(第一、第二の各12、第三の12、13)

10. 当庁昭和四二年押第一、二四六号の符号1(以下単に符号とその番号のみを記載する。)の元帳(第三2、5、6、7、10、12、13、14、18)

11. 符号2の1、2、3の給与台帳三冊(第一の22、第二の17、第三の18)

12. 符号3の第百生命保険関係書類一袋(第一、第二、第三の各11)

13. 符号4の代理店契約書等一綴入一袋(第一、第二、第三の各11)

14. 符号5の所得税確定申告書第一袋(第一の2、17、18、19、第二、第三の各2)

15. 符号6の税金領収書第一袋(第一、第二、第三の各6)

16. 符号7の名刺及びメモ一袋(第一の26)

17. 符号8の元帳一綴(第一の22)

18. 符号9の元帳一綴(第二の17)

19. 符号10の元帳一綴(第三の18)

20. 符号11の仕入伝票一綴(第一の22)

21. 符号12の1ないし5の振替伝票五綴(第一、第二、第三の各10)

22. 符号13の1の売買報告書等一袋、符号13の2の計算書、買付報告書等一綴(第一、第二、第三の各10)

23. 符号14の八王子競馬組合賃貸関係書類一袋(第三の5)

24. 符号15の1ないし4の個人元帳四綴(第一、第二、第三の各2、5、6、7、10、12、13、14、第一の17、18、22、26、第二の17、第三の15、18)

25. 符号16の売買契約書等一袋(第一の17)

26. 符号17のマトヒ関係書類一袋(第一、第二、第三の各6)

27. 符号18の博栄会借入金明細書一〇枚(第一、第二、第三の各13)

28. 符号19の昭和三八年分所得税確定申告書一通

29. 符号20の昭和三九年分所得税確定申告書一通

30. 符号21の昭和四〇年分所得税確定申告書一通

(争点に対する判断)

第一、配当収入(別紙第一、第二、第三の各2)

弁護人は、「右配当収入につき逋脱の犯意はなく、無記名としたのも自己の財産保全目的がその動機となつていたものである。」旨主張するが、被告人は本件において虚偽過少申告の概括的認識を有していたのであり、右配当収入自体も認識の対象としていたことは明らかであるから、弁護人の右主張は採用しない。

第二、地代収入(別紙第一、第二、第三の各5)について

一、検察官、弁護人の主張

(一) 検察官の主張

被告人の簿外土地の地代収入の計上洩は別紙第八記載のとおりである。

(二) 弁護人の主張

八王子市高倉所在の土地は、天野ら三名より被告人が買受け所有していたものであるが、右天野らは東京都に本件土地を賃貸していた。しかし被告人は、昭和三八、三九年分については地代の額も知らず申告不能であつたし、昭和四〇年分の地代収入は確定しないと考えて申告しなかつた。神田鍛冶町所在の土地については当時土地の所有権をめぐり訴訟が係属していたから、地代として確定していなかつたし、被告人としては申告不要と考えていた。右地代収入は逋脱所得額より除算すべきである。

二、当裁判所の判断

別紙第四、第五、第六の各5の説明のとおりである。八王子市高倉所在土地に関する昭和三八年分および昭和三九年分の検察官の地代収入金額の主張は次の理由により失当である。右土地一二四坪はもと天野敬、石川弥三郎、高沢健司の所有であつて、同人らはこれを東京都との短期賃貸借契約に基づき同都特別区競馬組合に管理させることとして、同都に賃貸し、地代を(右土地を含む賃貸関係地主代表者の手を経て)受取つていた。被告人は昭和三三年頃右土地を買受けて所有権を取得したが、右賃貸借はいぜん前示のまま存続し、被告人は昭和三六年頃弁護士を通じて地代を得んとしたが、正式の合意がつかず、昭和四〇年三月に至つて、ようやく被告人が前地主らより東京都に対する賃貸人たるの地位を承継し、昭和三九年以降の地代を被告人において収納することになつた。従つて同三八年分の地代は被告人に帰属せず、同三九年分の地代は同年中に被告人の所得として確定したものではないから、右二年分の地代収入は被告人の所得ではない。被告人は昭和四〇年三月になつて、前地主らが、東京都より受領した地代収入相当分を天野らより受領することになつたから、これらの金額は同年分の被告人の所得を構成するものと認められるが、検察官は同年分については前記主張額の限度で訴追しているから、その限度でこれを認容する。

第三、手形割引収入(別紙第一、第二、第三の各10)について

一、弁護人の主張

被告人は、法令を誤解し、手形は有価証券でありその売買(割引)は株式の売買同様非課税であると信じており、従つて手形割引収入が課税の対象となることの認識を欠いたから、該収入部分を逋脱所得額からは除算すべきである。仮りに被告人にその責ありとしても、本件手形割引収入については次の期間計算方式によるべきである。昭和三八年、三九年分については、その取引回数はそれぞれ三一回、三三回であるところ、所得税法施行令二六条二項一号によれば、「売買の回数が五〇回以上であること」をもつて該取引が事業となるか否かの判定基準としているから、右各年分の手形割引収入は、その回数からみて事業所得でなく雑所得を構成するものである。従つて右割引収入は手形を割引いた時点における所得と認めるべきである。次に昭和四〇年分における手形の売買が事業と認定されるにせよ、実務の取扱いにおいても発生主義を厳格に貫いているわけではないから、割引時に全額が発生し、前受、未経過の問題を生じないというべきである。

二、当裁判所の判断

まず客観的な手形割引収入金額の確定について検討する。各年分を通じ、本件手形割引収入は、その目的、回数、取扱手形の数、金額、期間等諸般の事情から考察して継続的行為による取引から生じたものと認められるから、事業所得を構成すべきものと認定する。(所得税法施行令二六条二項一号は、五〇回以上の有価証券の売買による所得については、同条一項に規定する事業性認定の基準たる取引状況がどうかを問わず事業所得とみる旨の規定であつて、五〇回以下の売買を事業とみない趣旨ではない。)次は本件割引収入の期間計算について検討する。手形は振出人に対する一定額の金銭債権を化体した有価証券であつて、その評価はあくまで手形金額によることを原則とするものであり、これを割引により手形金額以下で取得した場合には、手形金額と取得額との差額について手形割引収入が構成される。ところで、企業会計上の発生主義の立場からは主たる営業活動による収益は、それが用役の対価である場合には、時の経過とともに発生すると認識されるのであり、従つて手形割引の前受収益についても、期間対応分を収益に計上すべきことが原則とされるのである。税法上継続企業たる法人の手形割引の前受収益については右企業会計上の認識と同様の基準においてこれを把握すべきものと解されるが、所得税法上においても、特段の事情がないかぎり対価を得て継続して行う事業については、用役の対価として収入すべき金額は、時の経過とともに確定するものと解すべきである。本件は正に継続的な手形割引業に関するものであつて、その事業収入は、右に述べた原則に従い、割引以降、時の経過とともに日々実現し、期間対応分が当該事業年分の収入金額となり、未経過分は翌期に繰延られると解するのが相当である。かかる法解釈の前提を捨象し、事業所得たるべき本件手形割引収入を利子所得ないし雑所得と同一の平面において把握すべしとする弁護人の主張は採用し難い。右期間計算に従つた割引収金額の内容は別紙第四、第五、第六の各10のとおりである。

次に被告人が手形割引収入について課税対象となることを知らず申告しなかつたとの点について判断するに、被告人は長年にわたり手形割引を反覆継続して行い、それによつて巨利を得ており、しかもその取引には仮名を用い、手形の取立にあたつて仮名預金を用いるなど、所得の秘匿手段を講じていた事実は顕著であり、しかも右取引で仮名を用いたことに関する被告人の弁解は合理性を欠き信用できない。証人川名馨、松重俊雄、夏目喜八郎(第一回)、柴崎真、高木清一、増渕忠治、大森康彦、平賀五郎らの各証言によつても、被告人の取引先ないし手形割引業界において、手形割引収入が法律上無税とする旨説明した事実はなく、証人臼井康雄の証言によれば、証券業界の一部で販売員が手形割引は無記名、無税である旨(手形の割引収入が仮名等により国税当局に把握されずに申告外とされれば“無税”となるにせよ)誇大宣伝をした例がないではなかつたとしても、かかる宣伝により手形割引収入は“税法上”当然に非課税であると被告人が誤信したとは認め難く、仮りにかかる原因によつてその誤信をなしたとしても、手形割引収入を認識し、本件納税申告にあたつて該申告額が虚偽過少であることを認識していたと認められる本件においては、手形割引収入を逋脱所得から除算すべき事由とはなし難いのである。弁護人の右主張は採用しない。

第四、保険代理収入(別紙第一、第二、第三の各11)について

弁護人は、「被告人は、保険代理収入を手数料収入(事業所得)とは考えず、生命保険料の割引と考えていたので納税申告しなかつたのである。右計上洩は逋脱の認識をもつてなされたものではない」旨主張するが、被告人は第百生命保険相互会社と代理店契約を結び、実際上も代理店業務を営んでいたことは関係証拠により明らかであるから、右保険料収入を保険料の割引とみる余地はない。しかも被告人はその経理処理においても右保険料収入を「38・10・21第百生命保険手数料他入三六、〇一〇円」と記帳(前掲証拠24中符号15の3個人元帳の雑収勘定)しているのであつて、被告人の公判延における弁解はこの点からしても採り難い。

第五、借入金支払利息(別紙第一、第二、第三の各13)について

一、検察官、弁護人の主張

双方の主張金額及びその内容は別紙第九記載のとおりである。

博栄会(被告人及びその近親者、女中等で構成され、被告人らの相続財産、会員の出資金を被告人において運用し、運用利益を支払利息としてこれらの会員に配分する。)の会員に対する支払利息に関し、検察官は、「支払利息を会員に支払つた際に経費として確定する」となし、弁護人は、「右支払利息は記帳され、会には利率、期間(半年)、継続出資する時の計算に関する定め等の規約が存していたから、利息支払期間の末日に負債として確定していた。支払利息の債務確定期は支払期であるから未経過に関する処理を要しない。」と主張し、博栄会支払利息を除くその他利息に関し、検察官は、「未経過利息の計上及び戻入れの処理をすべきである。」と主張するのに対し、弁護人は、「被告人がかかる経理処理をしない以上、未経過利息の計上及び戻入れの処理による計算を採るべきでない。」と主張する。

二、当裁判所の判断

博栄会は、被告人及びその近親者、女中等で構成され、これらから預託された資金を被告人において運用し、その運用利益を支払利息として会員に配分していたものである。被告人は右預託された全員に対しこれを記帳し、各回ごとに利息計算を行つて支払利息を算出しているが、その支払期に経費として確定したものとは認められない。すなわちまず博栄会においては、予め利率の約定はなく、被告人が右資金を運用しその各回の末に利益を得た状況に応じて各回の利率を定め利息を算出していたのであり、その利率は予め必らずしも一定しておらず(別紙第十の略表参照)、その算出も一定の規約もないし会員の協議を経たものではなく被告人の一方的な計算に基づくものと認められるのである。しかも被告人が右計算内容を会員に通知したことはなく、会員は適宜元利の支払いを受け、あるいは解約し、時に金員を預託していたのであるから、被告人の前記の一方的な利息計算によつて、支払利息としての経費が確定したとは認められないというべきである。従つて元、利支払時点において支払利息が発生するものと認めるが、その内容は別紙第四、第五、第六の各13記載のとおりである。

博栄会支払利息を除くその余の利息については、税務計算上、検察官主張が正当である。

第六、土地売買に関する譲渡所得(別紙第一18、19)について

一、検察官、弁護人の主張

被告人が昭和三八年七月三鷹市井口所在土地を後藤観光に売却し、右土地につき租税特別措置法三五条の譲渡所得の申告したことに基づく譲渡所得の計算に関する双方の主張金額及びその内容は別紙第十一記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

右土地売買に関する譲渡所得の計算内容は、別紙第四18、19の説明のとおりである。弁護人の主張経費は、別紙第四19<3>の譲渡経費(一四六、四一〇円」の限度において容認できる。

(弁護人主張の購入仲介料二〇、〇〇〇円は、第四18の内容説明の購入手数料二〇、〇〇〇円として計上ずみである。)

第七、謝礼金(別紙第一26)について

一、弁護人の主張

右金員は、被告人が不動信用金庫に対し、合計三〇五、〇〇〇、〇〇〇円の定期預金を設定したことにより、同金庫から後藤観光株式会社に巨額の融資がなされたので、後藤観光より被告人に対する謝礼金として支払われたものである。

しかしながら、不動信用と後藤観光とは別人格であるが両者はグルになつて事業を行い実質的に一体となつていたものであり、支払われた謝礼金も利子計算方式によつて算出された裏利息に外ならず、その授受も現金払いによつたのではなく、不動信用に対する被告人の定期預金を増額されたに過ぎないのである。しかるに昭和三八年一一月不動信用が倒産したため、右金員は回収不能となつたが、実質的に不動信用から利子である本件謝礼金は、旧所得税法一〇条の六第一項の各種所得について計算の基礎となる収入金額が回収できなくなつた場合に該当するものとして、その金額は当該所得計算上なかつたものとみなすべきである。

仮りに右主張が理由なしとしても、同年分の所得計算上右謝礼金の貸倒れ損失を必要経費に計上すべきである。旧所得税法には雑所得に関し貸倒損失に関する規定がないが、必要経費が何であるかは基本的には会計慣行によつて定められるものであり、収入を生ぜしめる資産・行為に関連して発生し、これと対応する費用は、原則として経費に算入すべきものと解すべきである。

仮りに旧所得税法上必要経費の算入が認められないとしても、被告人は貸倒れ発生と考えて申告しなかつたものであるから、この部分につき逋脱の認識はない。

二、当裁判所の判断

まず旧所得税法一〇条の六第一項のいわゆる資産の譲渡代金の貸倒れの場合等の所得計算の特例を適用すべきであるとする主張について検討するに、別紙第四26の説明記載のとおり、右謝礼金は不動信用に対するいわゆる導入預金をなしたことに基づき後藤観光から被告人に支払われたものであり、不動信用に対する定期預金の利息とは認め難いのみならず、右謝礼金については昭和三八年一月一六日より同年一〇月八日まで多回にわたり不動信用金庫定期預金口座へ定期預金として振込まれているが(前掲証拠24中符号15の3、個人元帳その他勘定等)、これを定期預金とするか普通預金とするかは当時被告人において自由であつたはずであり、設定した預金の定期も短期であつて、後述の支払停止に至るまで払い戻し得たものも多いのである。かように右謝礼金はいわゆる裏利としても(但しこれを正規の利子と税法上同一視するかどうかはさておき)一旦被告人が受領したものであり、しかも後述のように当年分として回収不能となつた事実も認められないから、同法条を適用する余地はない。

次に右謝礼金の貸倒れ損の主張について検討するに、右対象年分に適用される旧所得税法は、雑所得につき必要経費として認める範囲を、原則として総収入金額に対応する経費に限定するという立場から(同法九条一項一〇号、一〇条二項)、事業によらない貸金元本の貸倒れ損は必要経費と認めなかつたものと解されるのである。それのみならず、関係証拠によれば、不動信用金庫は昭和三八年一一月預金の支払を停止したのみで(翌年には一部の支払を行つている。)未だ倒産したわけではなく、弁護人主張の右謝礼金の預金の貸倒損の事実も発生しなかつたと認めなければならない。被告人はその後不動信用に対する巨額の預金の回収不能により甚大な経済的損失を被つたことがうかがわれ、本件所得申告に際しても、かかる謝礼金等を申告外にしたいとする心情はあながち理解できないではないが、右謝礼金が税法上明らかに所得を構成するものである以上申告は義務づけられるのであり、被告人に逋脱の認識を欠いていたとは認められないから、弁護人の主張は採用しない。

第八、給与収入(別紙第一22、第二17、第三18)について

一、弁護人の主張

(1) 女中給与分について

給与収入中昭和三八年分二七一、〇四〇円、同三九年分三二九、八七〇円、同四〇年分四七四、〇八〇円は女中二名に健康保険被保険者資格を取得させ、又時宜に応じて東京特殊鋼株式会社の仕事をさせることにあり、その給与は同会社より支給され長年月にわたつて給与台帳に記載されていたから被告人の給与所得に算入さるべきではない。仮りに被告人の所得であるとしても被告人は逋脱を目的として計上洩をしたのではない。

(2) 女中給与以外の金額

東京特殊鋼は、昭和三八年七月頃被告人に金員を貸付け、被告人をして右金員を手形投資にあてさせ利益を得ようと意図し、被告人との間に期間一年、利息一〇%、年間貸出限度六、〇〇〇、〇〇〇円として時宜に応じ貸付ける旨を合意した。被告人は右合意に従い東京特殊鋼より金員を借受け、その金額は、昭和四〇年末には合計一九、二五九、四三三円となつた。すなわち右金員は認定賞与ではなく、東京特殊鋼の被告人に対する貸付金である。なお右貸付金については、昭和四一年三月二九日同会社において開催された取締役会において

1. 東京特殊鋼の被告人に対する貸付金元本の一部は被告人の東京特殊鋼に対する貸付金をもつて相殺する。

2. 残額は貸付金として年一〇%の利息を付して昭和四一年八月末日までに返済させる。

旨の議案が可決された。右決議に従い被告人は概算にて東京特殊鋼に対し昭和四一年八月一七日、同月二二日及び同月二三日にそれぞれ一〇、〇〇〇、〇〇〇円、三、〇〇〇、〇〇〇円及び七、〇〇〇、〇〇〇円を現金にて返済したのである。

二、当裁判所の判断

(1) 女中給与分について

別紙第四22<2>、第五17<2>、第六18<2>の説明のとおりであつて、右給与分は否認すべきものである。

(2) その余の金額について

被告人の大蔵事務官に対する昭和四一年六月一〇日付質問てん末書、検察官に対する同年二月一四日付供述調書その他前掲の関係証拠により別紙第四22<1><3><4>、第五17<1><3><4><5>、第六18<1><3><4><5>のとおりと認定すべきで弁護人主張のような被告人の借入金であるとは認められない。当時右資金の流用に関し、東京特殊鋼と被告人との間に金銭消費貸借契約があつたとは認められず、又会計の記帳面においても東京特殊鋼においてこれらを被告人に対する貸付金と処理したことはなく、被告人の経理処理もことさら借入金と計上することはなかつた。例えば前掲証拠24中の符号15の3個人元帳によれば、該金員は借入金勘定に記帳されず<カ>利益勘定に記帳されているのであつて、しかも、もしこれらが弁護人主張のように借入金であつたとするなら何故にことさら異つた他の勘定に記帳するのかにつき、合理的な事由を見出し得ないのである。

被告人及び証人斉藤栄八郎は当公判廷において、右金員は東京特殊鋼からの借入れである旨の供述をし、これらの供述と東京特殊鋼株式会社オンライン普通預金通帳、同会社の昭和四一年度元帳、符号22の庶務関係綴一綴(とくに取締役会議議事録)等によれば昭和四一年三月二九日東京特殊鋼株式会社の取締役会において、弁護人主張の議案が可決承認され、被告人は東京特殊鋼に対し、弁護人主張の現金を払込んだことがうかがわれる。しかしながら前掲各証拠と東京特殊鋼株式会社の登記簿謄本二通、被告人の取締役会議事録に関する保管証とをあわせ検討するに、右取締役会の開催されたのは国税当局が本件所得税法違反事件を立件し査察に着手した後であり、議決の内容においても、被告人がすでに昭和三八年の前から東京特殊鋼より金員を同様に流用している事実があるのに、本件対象年の三ケ年分に限つて、利率を一〇%と定めて返済をとり決めている等内容に作為的なあとがうかがわれるし、仮りに右議決内容とこれにともなう被告人の前記返済の事実に全面的な信を措くとしても前示認定のとおり、本件の三ケ年度においては、東京特殊鋼と被告人との間には金銭消費貸借契約は存せず、前記金員はすべて認定賞与と認むべきであり、所得の内容としてすでに確定ずみのものであるから、後に至つて東京特殊鋼と被告人とが合意によりこれを消費賃借の目的とするとしたところで、前記認定賞与の所得性が失われることにはならないというべきである。弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為は昭和四〇年法律第三三号所得税法附則三五条によりその改正前の所得税法六九条一項に、第三の所為は昭和四〇年法律第三三号所得税法二三八条第一項一二〇条一項に各該当するが、情状により懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなし、罰金刑については同法四八条二項によりこれを合算し、以上の刑期並びに罰金額の範囲内において、被告人を主文一項の刑に処し、罰金不完納の換刑処分については、同法一八条を、懲役刑の執行猶予については同法二五条一項を、訴訟費用の負担については刑事訴訟法一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する

(裁判官 小島建彦)

別紙第一

修正損益計算書

斉藤博

自 昭和38年1月1日

至 昭和38年12月31日

<省略>

<省略>

別紙第二

修正損益計算書

斉藤博

自 昭和39年1月1日

至 昭和39年12月31日

<省略>

<省略>

別紙第三

修正損益計算書

斉藤博

自 昭和40年1月31日

至 昭和40年12月31日

<省略>

<省略>

別紙第四

逋脱所得の内容

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

別紙第五

逋脱所得の内容

<省略>

<省略>

<省略>

別紙第六

逋脱所得の内容

<省略>

<省略>

<省略>

別紙第七

税額計算書(斉藤博)

<省略>

別紙第八

<省略>

別紙第九

<省略>

別紙第十

博栄会の期間、利率の略表

<省略>

別紙第十一

<省略>

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